うつ病とその治療

<うつ病とは>

 気分・感情の落ち込みを中心とする疾患で、30歳以上に多く、おそらく脳の機能的疾患であり、秩序を愛して几帳面、他人に良心的に配慮する性格(メランコリー親和型性格)の人がかかりやすい病気です。

<典型的なうつ病の症状>

(1)感情の障害: 気分の暗さが著しく(抑うつ感)楽しさが感じられません。自信が喪失したり、物事を悲観的に考え、ひどくなると絶望的な気分になってしまうこともあります。また、過去のささいな失敗に罪責感を強くいだき自分の責任だと思い込んでしまったりします。この状態から抜け出したくても抜け出せないというあせりをいだくこともあります。
(2)思考の障害: 考えが頭に浮かばず、物忘れをする感じになります。また、自分の能力を過小評価したり、自分のことをつまらない人間だと思い込んだりします。これは微小観念と言って一種の症状ですが、本人は本気でそう思いこんでしまいます
(3)意欲の障害: 今まで普通にできていたことをするのにも、余分の努力がいるようになる、人との会話がおっくうになったり、口数が少なくなる、なんとか目の前の仕事をしなくてはと思うのだがどうしてもやる気がおきない、などの意欲の低下が認められます。朝起きられなかったり、仕事に遅刻したりすることもあります。

(4)食欲低下、
   体重減少:

食欲がなく、何を食べてもおいしい感じがなくなります。ひどくなると1回にわずかしか食事がとれなかったり、1日に2回とか1回しか食べられず、体重も減ってしまいます。

(5)不眠、
   特に早朝覚醒:

寝つくのは比較的よいが、夜中や早朝に目が覚めてそれから眠れなくなります。眠れない状態で過去を悔やんだり、将来を心配したり悶々とするようになります。また眠りが浅く夢が多い感じもします。
(6)自律神経症状: 全身の疲労感、異和感、胃部不快感、頭重感、首筋や肩のこり、口渇、便秘などの自律神経症状が出ます。
(7)日内変動: 今まで述べた症状は、早朝から午前中に特にひどく、夕方から夜にかけて比較的楽になるという日内変動をしめします。

<仮面うつ病(身体愁訴が全面にでるうつ病)>

 仮面うつ病(masked depression)とは、本当は、うつ病なのですが、身体的な訴えが前面にでるために、うつ病が覆い隠された状態です。

 先に述べた自律神経症状が強く出ていると、患者さんは、身体的な病気だと思い、内科を受診します。そこでいろいろな検査をしても異常は出ず、また内科の薬も効果を呈しません。そこで患者さんが他の病院に行ったりとしても、そこでも異常は認められません。何回かこれを繰り返しているうちに、内科の先生が気づいて、うつ病の専門医に紹介し、そこで初めて診断がつき、抗うつ薬で頑固な症状がとれる、といった場合がこの代表的なものです。

 内科の病院やクリニックを受診する患者さんの中には、この仮面うつ病の方が相当数いると言われています。

<メランコリー親和型性格>

 ドイツの精神科医テレンバッハが、ハイデルベルク大学精神科に入院したうつ病の患者さんたちを調査して、その病前性格に共通性があることを発見しました。その共通性を抽出したのが、このメランコリー親和型性格です。
 この性格の人達は、几帳面であり、特に仕事にそれがあらわれます。仕事の正確さとその量との両方ともおろそかにできず、したがって模範的な社員であったり、よく働く主婦であったりしますが、状況によっては、例えば仕事の全体量が増えたり、体力が落ちて今までのペースで仕事がこなせなくなったりすると、量と質との両立が困難となり、本人が自分自身で課している予定が実行できなくなって危機がおとずれます。良くも悪くも適当なところで切り上げられず、課題を無理してもこなそうとし続けて疲労が蓄積し、それで能率が悪くなると、 さらに頑張ってまた疲労するという悪循環に陥って、最後にうつ状態まで進行してしまうことが多いのです。

 また、対人関係で他者への配慮も強く、人を傷つけたり、義理を欠くようなことができません。冗談や悪ふざけも嫌いで、家族に対する思い入れも強い、いわゆる良心的な人たちです。そのために、 たとえば子供の結婚とか、親の病気や死とか、転勤、職場移動、引越しなど今まで維持して来た家族や会社での良好な人間関係が変わるときに、それがきっかけでうつ病に陥りやすいのです。
 このタイプの人達は、最近では、リストラによって職場を離れてうつになるのはもちろん、リストラする側にまわっても、この良心性によって責任を感じ、うつが出現する例も多くなっています。

<うつ病の治療>

 うつ病は、本人の性格と環境の変化とで起こりやすくなりますが、起こった時の病態は、脳の機能の異常、さらに言うとセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン等の脳内伝達物質の異常といわれています。これはまだ正確にその機構が全て解明されたわけではありませんが、これらの脳内伝達物質のバランスを回復するような抗うつ薬はすでに開発されています。そこでうつ病の治療は抗うつ薬が中心となりますが、以下に述べるように薬物療法以外の面も重要になってきます。

(1)薬物療法と休養

 1957年にスイスのクーンが、イミプラミンの抗うつ作用を発見し、それまで直接の治療薬のなかったうつ病に薬物療法の道が開けました。その後、イミプラミンと同様の三環構造をもつ抗うつ薬が次々に発見され、これらは三環系抗うつ薬として、現在まで長く抗うつ薬の中心的な存在になってきました。

 しかし、三環系抗うつ薬には、口の渇きや便秘などの副作用もあり、最近ではより副作用の少ないSSRI、SNRIといった薬物も登場しています。SSRI(selective serotonin reuptake inihibitor)は脳内伝達物質のうちセロトニン系に選択的に働き、またSNRI(serotonin/noradrenaline reuptake inhibitor)はセロトニン系とノルアドレナリン系に作用します。いずれも投与初期に胃腸症状が1〜2週間みられるのを除けば、三環系抗うつ薬と比べて副作用が少ないため、飲みやすい治療薬として、日本でもこれからうつ病の治療に使われていくものと思われます。

 しかし、抗うつ薬は飲んですぐに効果が出るわけではなく、毎日飲み続けて1週間、2週間と時間をかけて効果が発現するものです。治療効果のピークは8週間目ぐらいになるため、それまでは、無理をせずに仕事を減らしたり、休養したりと脳や体の疲れをいやし、エネルギーの消耗を防ぐ必要があります。薬を飲みながら無理をして働いていたのでは、いくら良い薬でも充分な効果をあげられないのです。

(2)生活・行動パターンの変更

 うつ病になる人には、前に述べたメランコリー親和型性格の人が多く、少し良くなると今まで仕事の遅れを取り戻そうとして、早く仕事を始め過ぎて治療が振り出しにもどる人や、周囲の人や義理や責任感のために、せっかく直ったのにまた役割を引き受け過ぎて再発する人もいます。再発防止のためには、仕事や義理はほどほどにひきうける生活へのパターンの変更が必要です。

<御家族の方へ>

 うつ病が軽いうちは、本人は、会社ではがんばって症状を見せないようにします。しかし、家では、たとえば朝起きられないとか、出勤がつらいとか、比較的早く症状をあらわす人が多いのです。また、自分では、病気というよりも「自分の責任である。」「努力が足りない」と考えてしまい、なかなか病院に行こうとしないことも多いのです。しかし、家族、特に配偶者の人が気づいて、クリニックに相談に行き、そこから本人の治療が始まった方たちもたくさんいます。もし、上に書いたうつ病の症状がご家族に当てはまる場合には、早めに専門家に相談することをおすすめします。